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オーディオにおける判断基準を議論してみませんか?(名機を所有するお宅への訪問) | 投稿するにはまず登録を |
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| 投稿者 | スレッド |
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| zappa1993 | 投稿日時: 2013/9/21 10:47 |
長老 ![]() ![]() 登録日: 2011/3/17 居住地: 投稿: 1916 |
Re: オーディオにおける判断基準を議論してみませんか?(名機を所有するお宅への訪問) 皆さん
おはようございます。 「オーディオにおける判断基準」ですか。 なかなか興味深い話題ですね。 一見簡単そうで、誰もが同じような判断基準を持っているように思いますが、果たして私にとっての判断基準は何かと言われれば、「何だろうか?」と自問自答するところから始めなければなりませんでした。 もちろん直ぐに「生音」というキーワードは思い浮かびましたが、改めて考えてみますと、私自身はオーディオに取り組む中で生音に近づける事だけを特別視してこなかった様に思います。 考え方は人それぞれですし、誰が正しくて誰が間違っていると言うものではありませんので、「こんな考え方もあるのか」位の気持ちでお読みいただけますと幸いです。 まず前提として、私は、音楽をパッケージメディアで聴くのと生演奏で聴くのとの間に優劣はないという考え方です。 同じ音楽を聴くにしてもそれぞれが別の楽しみ方であり、オーディオでの音楽再生は生演奏の代わりではないと考えるからです。 「オーディオ=生演奏の再現」 これも一つの目標としては良いのですが、オーディオにはもっと多くの可能性や楽しみがあり、寧ろそちらの方にもっと目を向けるべきではないかという気がします。 私も皆さんと同じように根っからの音楽好きですので、コンサートにもよく足を運びます。 しかし、公演中にオーディオの事を考えるかと問われれば、答えは「ノー」です。 PAの音の良し悪しや、楽器間の音量バランス等はもちろん気になりますが、公演中に自宅のオーディオとの聴き比べのような意識は私にはありません。 尤も、私の場合はROCKのコンサートが殆どですので、CLASSICを中心に聴かれている方とは生演奏の楽しみ方自体が少し違うのかもしれません。 それじゃあ生演奏は何の参考にもならない、或いは生演奏の再現を目指してはいないのかと言うとそうでもないのです。 上手く表現できないので、お分かりいただけないかもしれませんが、 コンサートでの体験は私の記憶の中に残っており、その記憶を再現(主)しようとしてオーディオを調整(従)するという主従関係ではなく、オーディオの調整(主)をする時にその時の記憶(音色や質感などの無数の要素)を音の良し悪しを判断する基準(従)にしていると言った感じです。 簡単に言えば、生演奏に近づける方向に調整していくのではなく、記憶の中の音楽表現の要素が真に感じられる方向に調整していくことで結果的に生演奏に近い再生音になってくるという事です。(同じことなのかもしれませんが、私にとっては両者は違うのです) 先に「生演奏の再現も目標の一つ」としたのは、言うまでもなく音楽は無編集のライブ録音だけはなく、寧ろマルチトラックでレコーディングされ作り手の意図に沿ってプロデュースされたものの方が多いくらいです。 こうした録音の再生まで、「生演奏の再現」などと単純に考える方は居られないと思います。 そうすると「オーディオにおける判断基準」とは何か・・・? と頭をひねってしまったわけです。 話が少しそれますが、私は楽器を演奏します。 皆さんの中にも楽器を演奏したり、身近に誰かの演奏を聴ける環境の方は多いと思います。 そういう方々は特別意識していなくても、楽器が持つ様々な音色や豊かな響、その楽器固有の特徴などを自然と記憶の中に焼き付けているのではないでしょうか。 そうすると、オーディオで音楽を聴いていても、たった数小節のフレーズでも音色の変化がリアルに感じられますし、演奏方法による音の違い(ちょっとしたミュートやスライド、弾く強弱やポジションなど)や、音の質感といった情報が豊富に感じられるようになります。 また同時に、その楽器の周波数帯域や、音の硬さ、立ち上がり立下りといった情報にも敏感に意識が働きます。 まだ不確定な結論ですが、「オーディオにおける判断基準」は自分の中の音楽体験の記憶ではないか? また、普段音楽を聴く、或いはオーディオの調整をするのは、この記憶との照合作業ではないか? そう考えると大切なのは、如何に豊富な音楽体験をしているかということになります。 そして更に言えば、その音楽体験を如何に感受性豊かに受け止め、記憶できるかという事が大切で、これはその人の感性に係ることではないかと思います。 何故なら、あまりにも偏ったバランスの音でオーディオを楽しまれている人の中にも、生演奏の経験が豊富な方がいると聞きますし、ミュージシャンの中にも・・・といった話も聞きます。 また逆に、楽器も演奏できず、生演奏の経験がそれ程ない方でも、素晴らしい音にオーディオを調整されている方も居られるからです。 矛盾しているようですが、生演奏の体験はとても大切だと思いますし、あまりご経験のない方には是非生で音楽を体験してくださいと言う想いは皆さんと同じです。 やはり生演奏を聴くのは特別の体験ですし、その瞬間にしか存在しない生きた音楽を、大きな会場で多くの観客と一緒に楽しむというのはオーディオでは得難いものだと思います。 ですが、生演奏に足を運ぶことが出来なくても悲観することは無いと思います。 先ほど申し上げましたように、如何に感受性豊かに音楽を聴くかという事が大切で、音楽を聴く姿勢もそうですが、出来るだけたくさんの優れた録音を聴くようにすれば自ずと感性は磨かれますし、生演奏に近い体験を得ていることになるのではないでしょうか。(もちろん同じとは思いませんが) そしてもう一つ、色んなジャンルの音楽や演奏スタイルの録音を聴くことも大切だと思います。 何故なら同じ楽器を使っていても、その音色は一つではありませんし、奏法や録音の仕方によってまったく印象が違うという事も多々あるからです。 だらだらと長くなりましたが、生演奏とオーディオでの再生音楽の違いは別として、良い音楽体験を沢山して感性を磨くこと、そしてその感性が個々人の「オーディオにおける判断基準」ではないか、と言うのが私の結論です。 感性が狂っていては、決して普遍的な再生音楽は成し得ないでしょうし、その感性を狂わせない為には変な偏りのないオーディオの音で音楽を聴く必要があると思います。 感性が狂っているからオーディオの音も偏ったものになるのか、オーディオの音が偏っているから感性が狂ってくるのか、或いは、偏った音の録音ばかり聴いているからそうなるのか、その理由は様々でしょうが、普遍性のあるオーディオの音が如何に大切かということはここで申し上げるまでもないでしょう。 優れたオーディオからは、例えそれがライブ録音でなくても、生で演奏しているようなエネルギー感や躍動感が感じられますし、何より生きた音楽として耳に届きます。 私はそうした音作りを目指している感じで、その判断基準には今までの音楽体験が大いに役に立っていますし、アコリバとの出会いがなければそこまでの深い志も生まれなかったと思います。 以上は音楽そのものから見た判断基準ですが、これとは別に、オーディオ的な音の良し悪しを語る上での判断基準も存在します。 話がややこしくなりますので、今回はそれとは分けて考えました。 ホワイトメタルさんが破門なら、よく分からない持論を展開する私なども同罪ですよ |
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| 題名 | 投稿者 | 日時 |
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ホワイトメタル | 2013/9/15 16:25 |
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管理人K | 2013/9/15 23:40 |
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まさこ | 2013/9/17 18:54 |
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ハマダ | 2013/9/17 23:11 |
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shima3 | 2013/9/23 3:47 |
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きくりん | 2013/9/18 22:29 |
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ハマダ | 2013/9/18 23:02 |
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ホワイトメタル | 2013/9/21 0:03 |
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zappa1993 | 2013/9/21 10:47 |
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ケミ | 2013/9/21 12:06 |
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zappa1993 | 2013/9/22 11:38 |
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ホワイトメタル | 2013/9/22 23:00 |
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ホワイトメタル | 2013/9/22 21:23 |
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zappa1993 | 2013/9/22 22:25 |
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ハマダ | 2013/9/26 22:03 |
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