メイン [11-03]. LANケーブル&LANアイソレーター LAN1.0TripleC / LAN-QUADRANT-TripleC / R-AL1 / RLI-1GB-TripleC (4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜1.オーディオの流行と日本人〜 | 投稿するにはまず登録を |
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投稿者 | スレッド |
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tomoyuki | 投稿日時: 2011/11/19 19:28 |
新米 登録日: 2011/5/27 居住地: 愛媛県 投稿: 17 |
(4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜1.オーディオの流行と日本人〜 今回はRCA-1.0PA、USB-1.0SP、RHC-2.5HE-Bに続いて4回目の試聴報告です。
まず当方の環境は NAS→無線LAN機〜〜PC→USB DAC→HPA→ヘッドホン となっています。 所謂DSを用いたネットワークオーディオを追究している訳ではありませんが、NASに保存する音楽データが大きく品質に左右しますので、改めてLAN-1.0PAとRLI-1を両用してリッピングし直す必要がありました。 ただ、LAN-1.0PAと市販品のLANケーブル、RLI-1の有無の比較試聴計4通りはzappa1993さんをはじめ事細かく検証して下さっていますので、周知の結果として先に進めさせて頂きます。 リッピングし直すにあたり、zappa1993さんのご意見を参考にさせて頂き、以下のように環境を改善し直しました。 無線LAN親機/ 無線LAN子機→(RLI-1+LAN-1.0PA)→PC ↑(RLI-1+LAN1.0PA) NAS RLI-1とLAN-1.0PAの組み合わせを2つ導入した上、主観的ではありますが最重要事項であったのは、リッピング時そして再生時も有線LAN接続に変更した点です。 旧聞に属する話であったようですが、再度その差異を体感致しました。 無線LAN子機(親機の周辺にあるモデムやHUBの影響を避けるため)と有線接続した場合の印象を挙げますと、音に人間味が現れ、円滑に演奏にされつつ、小気味よくメリハリの利いた音場空間が表現されます。 無線の場合も、確かにロスなく再生されてはいますが、無機質で面白みがなく、音が分解されその粒子が粗いまま急激に耳に届きます。 一驚を喫したのは、これはリッピングし直していない音源で数時間比較した感想だと云う箏です。 一見観念の誤差に留まり得ますが、これは有線接続に期待してよい証左だと思われます。 リッピングし直した音源と以前の音源の比較試聴の際に、これ迄導入した製品を使用しない場合を絡めようと試みました。 つまり、RCA-1.0PA、USB-1.0SP、RHC-2.5HE-Bの有無とリッピングし直した音源A、以前の音源Bの組合せ計6通りを試聴しました。 すると、以前の試聴報告で「中々明白な変化を直球には得られないのではないか、対照的な検証を行ってこそ実感が得られる」といった類の主張を致しましたが、撤回せざるを得ない変化が表れたのです。 LAN-1.0PAとRLI-1を両用することで上述のアコリバ製品を徐々に導入した際の明確な変化が感じられるようになったからです。 音源Aを用いるとRCA-1.0PA、USB-1.0SP、RHC-2.5HE-Bと段階を経るにつれ空間の細部が頭に浮かび上がるように構築されていくのに対し、音源Bではその変化が何らかの不可視で捉え所のない障壁に阻まれ、実感し辛いものがありました。 勿論、(1)〜(3)の試聴報告において、慎重に記しても瞭然とした変化を実感した訳ではありますが、それが不明瞭なものだと訂正し直す程リッピングと再生時に用いたLAN-1.0PAとRLI-1の効果が著しいのです。 詳しく申しますと、最終的な到達点としては原音(コンサートの生音)もしくはそれを凌駕する音で再生されることだと考えられますが、当のアーティストに向かって扉や敷居等様々な障害物があり、演奏音が妨げられます。 その障害物を貫通するに従い、音が曇り、余分な味付けや空気感が追加され、試聴者の耳に届くまでに劣化してしまうのは周知の通りですが、音源AとBの差異は演奏が巧くなった等の変化ではございません。 音源Bが音源の特異性が場の雰囲気に影響され、特定の物質の干渉を受けながら、ある箇所が強調され、荒涼としたものが客席に届いてしまい、更にその上で障害物の影響を受けてしまうのに対し、音源Aは全く凹凸のない滑らかな空間を通り、あらゆる面が演奏者の技量に委ねられて、後は自然な音が障害物の妨害を通過するだけになったように思います。 障害物も障害物で、実体のない撹拌を行うのではなく、試聴できる範囲で特定できる干渉の仕方をするものに「進化」したように感じました。 音源をリッピングし直すことで先述の音の到達点が直線上になって望見出来るようになり、環境が不十分なものであったとしても、その音が予測出来るようになりました。 これは皆さんの仰る通り、ネットワークオーディオの方には「根底」を成す不可欠なものだということが云えます。 ----------------------- 今回、音源の歴然とした変化とこの「根底」を支える存在感に触発されまして、現在のオーディオ界を冷静に投影し俯瞰的に見ればどうなのかを論じてみたいと思います。 第1回、文化面からの考察を絡めながら「日本人」と資本主義が生み出すオーディオの流行との関係の概説になります。 真理の内容については時と場所によって変化し、またその内容如何により異端者や少数派が夫々存在します。 その際、メディアが一々大衆を無視して普遍的真理が存在するように世論操作していたとしても、メディア自体を否定する事は出来ません。 その存在自体は必要な物ですから、正当にして当然あるべきメディアの在り方を問うべきです。 まず、日本社会の意思疎通の構造自体に全体主義との親和性が潜んでいるように思います。 新商品や言葉が流行しては、また直ぐに消え去るという変貌の速さには眼を見張るものがあります。 しかし、実際は外見だけが変化し、結局本質的には何も変化していないようです。 仏蘭西の「変われば変わるほど元のまま」という諺の通り、日本社会のシステムを構成する各要素は変化しても、システム自体の変容には至っていません。 画一的で個性が無いというのは日本人自身が絶えず自省してきた事です。 しかし、それはよく言われるような主体性の欠如が原因ではないように思います。 おそらく、移り変わりが激しい流行だからこそ単に他人を模倣するのではなく、本当に素敵だと感じて自主的に取り入れているのでしょう。 しかし同じ「良い」流行のものに皆が引きつけられ、結局社会全体が均一化されているように思います。 勿論、それに左右されない健全な方もいらっしゃいます。 ただ、価値観にせよ、道徳観にせよ、「良い」ものの基準が資本主義の上位層に強く規定されるために、より「良い」ものを求めようとする本来好ましいはずの向上心が却って仇になります。 より「良い」ものを目指そうとする時点で、私たちは既に印象操作される事を余儀なくされるのです。 流行とは新奇な情報を取り込む行為で、その時点では「まだ」社会規範からズレた価値観の受け入れ、乃ち「差異化」を意味します。 従って同質性の高い日本社会において流行が目まぐるしく変化する事実は、ある意味で矛盾している事になります。 というのは、流行という現象には対立する2つのベクトルが作用しているからです。 一つは、他者と同じ価値を受け入れ、他者に同一化する方向を持ち、もう一つは、他者よりもいち早く新たな価値を取り入れ、自己を差異化する方向を持っています。 ただ、流行の場合にはこの矛盾は時間軸において解消され得るものだと思います。 「肯定的」とされた価値観に付与された流行を追うことによって、「遅れている人々」に対して自己を差異化出来る最初のうちは、この時間的ズレのおかげで、模倣に伴う否定的感覚が生まれません。・・・(消去) |
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» (4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜1.オーディオの流行と日本人〜 | tomoyuki | 2011/11/19 19:28 |
Re: (4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜?オーディオの流行と日本人〜 | zappa1993 | 2011/11/20 11:13 |
Re: (4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜1.オーディオの流行と日本人〜 | tomoyuki | 2011/11/20 15:04 |
Re: (4)LAN-1.0PA&RLI-1試聴報告 〜?オーディオの流行と日本人〜 | zappa1993 | 2011/11/20 21:04 |
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