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電源ボックスRTP-6 evolutionをバージョンアップして頂きました | 投稿するにはまず登録を |
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| 投稿者 | スレッド |
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| ひでじい | 投稿日時: 2016/6/22 11:41 |
新米 ![]() ![]() 登録日: 2016/5/17 居住地: 投稿: 3 |
電源ボックスRTP-6 evolutionをバージョンアップして頂きました 当掲示板に初めて投稿させて頂きます。「ひでじい」と申します。よろしくお願い致します。
12年間使用してきた電源ボックスRTP-6 evolutionをRTP-6 absolute同等品のコンセントおよび内部配線等へ改造をして頂きました。 完成後2週間が経ちました。まだ機器が充分に馴染んだとは言えないかも知れませんが、現在の状態をお伝えしたいと思います。 現在の機器での再生音は音場がやや狭い感じがしておりましたし、また音像がほぐれにくい点などが気になっておりました。 電源ケーブル(A社製、O社製)の交換やオーディオボードの使用などでかなり空間情報などは再現されるようになっていて、それはそれで楽しく音楽を聴くことができるようになってはいるのですが、そうなるとますます音場の拡がりがもう少しあればいいな、という思いが強くなってきておりました。 取り敢えず古くなった電源系を見直してみようと思い、壁コンセントの交換をしてみました。 十数年間使ってきたM社製ホスピタルグレードの、いわゆるCryo処理が施工されるようになった初期の壁コンセントを、評価の高い最近のF社製のコンセントに交換しました。 地方都市の住宅地にある拙宅は敷地内に電柱が立っており、柱上トランスから最も近距離でケーブルが引き込まれております。そういう点では恵まれていると思っておりました。 尤も、オーディオ機器を置いている部屋の壁そのものはペコペコの石膏ボードで、中に断熱材が充填してあるとはいえ、中空で叩けばベコベコと安物の打楽器そのものという代物です。 従って、せめてもの対策としてコンセントベースCB-1DBで固めてはおります。 そしてその壁コンセントからA社製の電源ケーブルで電源ボックスに繋ぎ、主要機器はそこからそれぞれのケーブルで繋いでおります。 壁コンセントの交換後、大いに期待して音出しをしましたが、「!?」という感じでした。 「なんだ、そんなに変わりないじゃないか」というのが正直な印象でした。 「交換したばかりではないか。そこそこ時間が掛かるのはこの道の常識だろ」とまずは自分に言い聞かせて、後は連日流しておりましたが、そう簡単には思うような音にはなりません。 よく言われているように「機器に直接入る部分の影響が最も大きい」というのはやはりそうなのだなと思いました。 そのことは、スピーカーケーブルで既に経験済みだった筈ですが、改めて感じた次第です。 「では、電源ボックスを交換しないといけないのか」と思い始めると、「さて…」と思案投げ首でした。 そんな時、この掲示板で「RTP-6のバージョンアップをして頂きました」という記事を見かけたのです。それも、お一人ならず、多くの方々からの投稿がありました。 そこでメーカーに尋ねたところ「可能です」との返事を頂き、早速お願いすることに致しました。 改造が完成して手元に届いて早速繋ぎました。 プラグの挿入感覚は、多くの方々が指摘されておられるように、しっとりとしてきつからず、柔らかすぎずという、今まで感じたことのない独特のものでした。 それは交換した新しい壁コンセントと全く同じ感触でした。 さて、その音質です。 当初、ばらばらに音が飛び出してくるような感じを受けて、いささか戸惑いましたが、2週間を経た今、かなりまとまって穏やかな音が出るようになりましたので改めていくつかの音源を聴き直してみました。 まず、小生が機器のどこかを換えた時に真っ先に聴くことが多いカバレフスキーの組曲「道化師」。 キリル・コンドラシンが指揮しルイス・レイトンが録音したRCA盤。好録音の評価の高い一枚です。 オリジナル盤ではなくて、アナログ・プロダクション社製の復刻盤なのですが、CDの音には負けないと思っております。 弾むように小気味よくリズムを刻む小太鼓、ステージの右奥から澄んだ響きを聴かせるシロフォン。それらが耳に突き刺さる訳ではなく快く響いてきます。 同じく中空を駆けるようなピッコロの輝かしい響き。 そういった、本来はそう強いエネルギーがあるとは言い難い楽器の音が、たっぷりとしたエネルギーを湛えて聞こえてくるように感じました。 evolutionの時も、同じような印象は持っておりましたが、これほどではなかったように思いました。 次いで、これも愛聴盤の一枚なのですが、ヘンリック・シェリングが弾き、ハイティンクの指揮によるコンセルトヘボウ管が伴奏したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲です。 先年E社がSACDハイブリッド盤を発売して高評価を受けましたが、その同一音源の40数年前のフィリップス音盤の国内プレス盤です。 この演奏のテンポを知る上で重要な意味があると思っているのですが、序奏でゆったりと叩かれるティンパニーの音色とエネルギーがどう聞こえてくるか、また当然独奏ヴァイオリンの音色がどう聞こえるかが小生の関心事です。 ティンパニーは決して強打される訳ではありませんが、しかし、しっかりとしたエネルギーを湛えてピーンと皮の張った感触がステージの奥から届いてきます。 過去何十回となくプレーヤーに乗せた古い音盤ですが、独奏ヴァイオリンはいささかもギスギスした尖った音色にはなりません。艶やかに流麗なメロディーが流れてきます。 改めてE社製のSACDも聴いてみました。これはこれですっきりとした音色で綺麗だと思いました。 次いで、これもこういう機会によく聴くのですが、バーンスタインが盟友ブリテンのオペラ「ピーター・グライムズ」から「4つの海の間奏曲」を振った、これも古いアナログ盤です。 まず、プロローグと第1幕との間に演奏される「夜明け」です。 ここでは、このオペラの舞台になっているイングランド東海岸の小さな漁村の夜明けの情景が描かれます。 ヴァイオリン群の高音が、ピーンと張り詰めた夜明けの空気を振るわせるように流麗な旋律を歌います。その間を縫ってハープのグリッサンドが聞こえてきます。 そのヴァイオリン群の高音が決して金属的にならずに朝の海岸のひんやりとした空気感を伝えることができるかどうか。ハープのグリッサンドがキチンと分離して聴きとれるか。 その辺りがポイントになるのでしょうが、小生の現用装置ではそのヴァイオリンの高音がいささか金属的に響く感じがしました。 しかし、電源ボックスの改造前に比べたらかなり艶っぽくなっているように思いましたし、更にそのヴァイオリン群の音の余韻が消えて行く有り様には思わず息を呑みました。 次いで第2幕への間に演奏される「日曜日の朝」。 タンギングの効いたホルンが静かに、しかし力強く朗々と響きます。 その余韻が漂って消えていく有り様、また続いて現れる木管や弦楽器群が教会に集まる村人たちのざわめきを伝えます。 その静かではあるがザワザワした雰囲気がどう伝わるのか。 そういった表現をありありと狭い部屋の中で感じ取ることができるようになったと感じました。 もう一枚、アナログ盤を聴いてみました。 ストラヴィンスキーの「春の祭典」です。 「なにを、今さら」といささか気恥ずかしいのですが、しかし、こういう時にはやはりまずは聴いておきたい一枚になりますのでご容赦下さい。 何かと話題の多い、いわゆる古楽器の演奏団体による演奏はまだ聴いたことはありませんので、古い録音盤になります。 取り上げたのは、コリン・デイヴィスがコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮したオランダ・フィリップスのオリジナルプレス盤と、同音源を1994年に高名なオーディオ評論家の方が監修されてフィリップスの原盤を使ってドイツでプレスされ、国内で限定販売されたものとが手元にありましたので、聞き比べてみました。 前者は第一次オイルショック後にプレスされたものと思われ、紙みたいに薄いペラペラの盤、後者は180gr.の重量盤。 これは聴くまでもなく後者に軍配が上がるだろうと思っておりました。 CD出現以前のアナログ時代には、プレスによる音の違いをそんなに意識したことはありませんでしたし、もし意識したとしても当時の小生の機器ではとてもそういう違いは聴き取れなかっただろうと思います。 ところが、数年前に聞き比べた折には予想に反して驚きました。 オランダプレス盤があまりにも深々とした空気感に包まれた音を聴かせてくれたのです。 大太鼓を初めとする打楽器群の安定した重量感などはさすがに重量盤が上だろうと思いましたが、このオランダプレス盤の魅力は抗しがたいものがありました。 それで、この曲を聴く時にはどうしてもこのオランダ盤を引っ張り出す機会が多くなりました。 そして今回、電源ボックスを改造して頂いて、果たしてどう聞こえるのかと改めて聴いてみました。 別の意味で驚きました。 それほどの違いを聴き取れなかったのです。どちらも小生の機器にしては広い音場いっぱいに煌びやかな音楽が乱舞していました。 よく聴けばオランダ盤の方がステージそのものはやはりやや奥まっているように思いましたし、その分だけホールの響きをよく伝えているように聞こえました。 しかし低音打楽器の重量感や、鋭く響く金管、柔らかいながらもキラッとした木管楽器等は殆ど違いを聴き取れませんでした。 かって聴いたあの違いはなんだったのだろう?と頭をかしげざるを得ませんでした。 その間にレコードプレーヤーの交換という大きな変化がありましたので、重量盤からその本来の音を聞くことが出来るようになったからなのだろうかとも思ったり、また、ひょっとしたら小生が当時の記憶を時間の経過の中で勝手に美化しすぎていたのではないかとも思ったり、よく分かりませんでした。 それはともかくとして別な言い方をすれば、あんなに薄っぺらな音盤から、あのような力強い音が出てくること自体、やはりオリジナル盤の威力と言ってもいいのかも知れません。 多くのジャズファンの方々が、いわゆるオリジナル盤に固執される理由が分かったような気が致しました。 いずれにしてもこういう音楽が如何にもそれらしくキラキラと響く様は、やはり電源を強化した結果なのではないかと思っております。 最後にSACD盤からも一枚聴きました。 日本を代表する打楽器奏者、加藤訓子が演奏したギリシャ系のフランス人で建築家であり数学者でもあるクセナキスの作品から「プレイアデス」を聴いてみました。 この作品は6人の奏者がそれぞれ異なる打楽器を演奏するのですが、ここでは加藤訓子が独りで指定された楽器を演奏し、多重録音で仕上げた一枚です。 小生にとってはクセナキスという作曲家は、ただ名前を知っている程度で作品を聴いたことがかってあったのかどうか俄には思い出せない位の存在でした。 この機会に改めてじっくりと聴いてみました。尤も、それでこの作品の価値や意味が分かったなどとはとても言えません。 しかし音響的な面白さは思っていた以上でした。 特にどんな金属をどう使うかなどが奏者に任されているという、金属を使った楽器の音には驚きました。 この録音で奏者が使った楽器の写真を見ると、おそらく鉄製の金属版で作った角材みたいなまるで建築素材のようなものでした。 これをマレットで叩いた後の音の立ち上がりの鋭さ、透明さには驚きました。 そして複雑なリズムを刻みながら余韻を残して空間を漂い、そして消えていくその有り様には今まで聴き取れなかったものを感じました。 聴き慣れた音源を中心に改造後の印象を記しましたが、総じていえば音の艶やかさ、エネルギーを湛えた音の力強さ等が、心に残りました。 また、現用装置で感じている音場の拡がりにくさという点についてもかなり改善されたように思いました。 ただ、やや古い録音盤ではもう少し拡がればいいなと思うことはありますし、もう少し音がほぐれてくれないかなと思うこともありますが、これには他の要因も沢山絡むことなので電源だけで解消するものではないのだろうと思います。 そして何よりも録音そのものが小生の好みに合うかどうかという、きわめて曖昧な事情が絡んできますので、ことはそう単純ではないのだろうという気が致しました。 しかしながらまだ充分に機器が馴染んできたとは言えないという思いもありますので、今後機器が馴染むにつれて、どう変化していくのか楽しみでもあります。 今回、電源ボックスの改造をして頂いた契機になったのは、初めにも申し上げましたように、当掲示板の多くの方々の投稿記事を拝見したからでした。 お一人、お一人お名前を記すのは差し控えますが、各投稿者の皆様に感謝の念をお伝えしたいと思います。 また、管理人さんを初め担当して頂いた当メーカーの方々に感謝いたします。 皆様有り難うございました。今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。 |
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ひでじい | 2016/6/22 11:41 |
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リモコン二刀流 | 2016/6/23 22:44 |
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ひでじい | 2016/6/24 10:58 |
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リモコン二刀流 | 2016/7/7 15:52 |
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ひでじい | 2016/7/14 21:39 |
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