メイン [03-01. AC電源関連]電源BOX RTP Finalシリーズ / YTP-Rシリーズ
RTP Final、これこそホンモノの響き | 投稿するにはまず登録を |
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| メリメロ | 投稿日時: 2026/3/22 10:48 |
一人前 ![]() ![]() 登録日: 2019/5/14 居住地: 投稿: 74 |
RTP Final、これこそホンモノの響き メリメロです。
RTP Finalデモ機貸出をお願いしました。聴力の低下という憂鬱な問題を抱え込んでいることもあって、もはや猫に小判かもしれない、導入するか否かは五分五分と踏んでましたが、最初の音出しから異次元の予感があり、その数日後には、今後はこれなくして家で音楽を聴くことはアリエナイと悟るにいたりました。贅沢ですが、メリメロにとっては生活のための必需品という位置付けです。 これまで電源ボックスとして使っていたのはRTP-2 Absolute, YTP-6R、他社製ノイズフィルター入りのものです。今回利用した貸出品は4口仕様のもので、プリアンプ、パワーアンプ二台、CDプレイヤーを接続しました。 RTP Finalの効果についてはKoike Stringsさんをはじめとする説得力のあるレビューがあり、屋上屋を架す、あるいは後出しジャンケンのようなものにならざるをえないので、ここでは導入の経緯と勝手気ままな感想を述べさせてもらうことにします。お許しください。 正直ここまでの違いがあるとは思ってませんでした。ホンモノの響きです。自分の家で聴いているというよりも、音楽演奏の現場に立ち会っている感覚、それもコンサートホールの再現というより、B-Techで眼前におかれたベーゼンドルファーを聴いたり、区民会館地下の練習室で古典四重奏団のリハーサルを聞かせてもらったりしたときの感覚に通じるものがあります。古典四重奏団の録音はほぼすべて聴いてますが、ノンヴィヴラート奏法を克明に捉えようとする録音コンセプトのせいなのか、うるおいにかけキツく平面的に聞こえるきらいがあるように感じていました。RTP Finalの利用によって、ようやく本来の力動感、生命感が戻りました。 チェンバロもしかりです。グスタフ・レオンハルトの昔のLPも、シャカシャカ、ザワザワした感覚が薄れ、肌合いはしっとり、余韻もきれいに伸びてゆきます(このときはCDプレイヤーに替えてフォノアンプを接続)。天国におられる大先生も満足されているのではないでしょうか。とにかくなにを聴いても、くっきりとした印象が後々まで残ります。局所的な感覚という以上に体全体に深い刻印(impression)がおよぶということなのでしょう。 2月初めに王子ホールでアリス・アデールのピアノ演奏を聴いたのがきっかけとなって、デモ機貸出のお願いになりました。一昨年に続いて二度目の来日公演ですが、プログラム後半におかれたモンポウの「ひそやかな音楽/Musica Callada」の全曲演奏がお目当てでした。タイトル通り、ピアニシモの冴えが命ともいえる音楽です。 「ひそやかな音楽」は全四巻28曲からなる曲集、といっても長大なものではなく、一曲がほぼ楽譜の見開きページあるいはその半分の分量です。アリス・アデールは自分で楽譜をめくりながら淡々と弾き進めてゆくのですが、時間が過ぎてゆくのが惜しくもあり、ひとり楽譜をたしかめながら聴いてみたいという思いになりました(モンポウはほぼ全曲楽譜をもっているのです)。そのときすでにRTP Finalのことが頭に浮かんでいたかもしれません。 王子ホールロビーの片隅にはA Journey with Alice Aderと題するBOXセット(なんと36枚組)がおかれていました。これを買うのはどんなひとなのだろうとそのときは思ったのですが、その後YoutubeやAmazon Musicでの視聴を経て、ほぼ一週間後には、このBOXを手にしている自分がいました。 耳に馴染んだ曲がどうしてこんな響きになるのか不思議に思う瞬間の連続です。王子ホールでのリサイタル前半のショパンの夜想曲も、われわれの脳裏に否応なく浮かぶ濃厚なイメージとは異なるものでした。青柳いづみこさんは『ヴィンテージ・ピアニストの魅力』という本でアリス・アデールの演奏について、「腕自慢のピアニストたちによって荒らされた作品が、すっかり洗い直され……」と書かれておられます。メリメロの表現だと「すっぴん」です。若い時から80歳を超えた今にいたるまで、ジャケットを飾る数々のポートレート写真がそうだし、演奏も、ブックレットの文章も、すべてが化粧ぬきの「すっぴん」。コンサートホール的な雰囲気をかもしだす録音よりも、ピアノのメカがダイレクトに感じられる録音が好みだと言っているあたりにも「すっぴん」志向が貫かれているとみました。録音エンジニアとして彼女自身の名が記されていることがあるのもこれと無関係ではないように思われます。 「洗い直された」あとにあらわれるのはテクストだと青柳さんは言ってます。その真意は次回の飲み会のときに彼女に聞いてみなければわかりませんが、こちらにも思うところがないわけではありません。たとえば連続的な和音の響きの透明感です。ペダル操作によって丸め込まれていない、かといって強奏でも歪まず、また耳に痛く響いたりはしない、掴んでいる音のすべてが聞こえてくるような豊かな響き…… と思ったところで、これはRTP Finalの特性でもあるのではないか、と気づきました。A Journey with Alice Aderは、ワタクシ自身のJourney with Acoustic Reviveと表裏一体で、まるでメビウスの帯のようにひとつながりになっている。示し合わせたかのようにアリス・アデールのCDボックスとAcoustic Reviveの電源ボックスが拙宅に登場し、結果として極上のすっぴん世界がたちあらわれたわけです。不思議の国のアリス、不思議の国のアコリバ…… モンポウのMusica Calladaはピアニシモの極地をめざす音楽であるとともに、和音の重層と変容からなる世界。ときにかすかに、ときに力強く朗々と和音がなりひびき、鐘の音が聞こえてきたり、鳥の声が聞こえてきたりします。遠くで音が鳴るかと思えば、近くで音が鳴り、空間のひろがりが浮き彫りになる。譜面をみると簡単そうに見えて、シロウトには歯がたたないことがわかります。楽譜に書かれていない部分、倍音、和音の共鳴や唸り、残響、強弱による遠近感などのコントロールがなければ成立しない世界です。 モンポウ自身はこの曲集がコンサートホールで演奏されるのを好まず、ひとり自分のために弾く曲集だと考えていたようです。だとすると、家で録音を聴く(できれば深夜、そして可能であるならばしかるべき堂々とした音量で)のが正解なのかもしれません。王子ホールから自分の家に場を移して不思議の国のアリスが弾くモンポウを聴く、それも今回はありきたりのスタインウェイではなく、1897年製のハンブルク・スタインウェイ、低域から高域まで自然なつながりがありながらも音域によっては鼻声を思わせるのが個性的で、全体に艶消しの色合いが感じられるピアノの響きとともに。そしてRTP Finalはその体験の純度を高めるために用意されたとっておきのプレゼントであるように思われました。まさにjust fitです。 余談ながら、アリス・アデールにはバッハの「フーガの技法」の録音もあります。高橋悠治も「ひそやかな音楽」のほかに「フーガの技法」を録音していて(それも二度ほど)、両方を録音しているのは、世界広しといえどもこの二人だけではないかと思います。この符合(じつはこの二人は「春の祭典」のピアノ編曲版も録音していて−高橋悠治の場合は青柳さんと一緒ですが−、ここまでくるともはや奇跡を超えた符合!)には何か深いものが隠されているような気にもなるのですが、ここから先は別の機会があればまた…… RTP AbsoluteからRTP Finalへの進化には、CS-3K用に開発された基板利用が貢献していることは容易に想像できます。それでも最終的にはdistortion(ゆがみ、ひずみ、その他もろもろ)を丁寧に正してゆけば自然と音楽がたちあらわれることを知る者の技(テクネー)が決定的なファクターとなっていて、それはアリス・アデールのBOXセットを成り立たせている集合的な技(テクネー)と拮抗するものであるように思うのです(ブックレットには録音に関係するもろもののデータ、すなわち使用ピアノの種類、録音年月と場所、ピアノ調律師、録音エンジニア、プロデューサーの名などが事細かに記されています)。Acoustic Reviveの長年の研鑽がRTP FinalというBOXセットにみごとに結晶化したのを祝うために、遅ればせではありますが、今夜は極上のシャンペンをあけ、はるか彼方の伊勢崎市の方角をみつめて献杯することにします。Bravissimo!!! Bravissimi!!! |
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| 題名 | 投稿者 | 日時 |
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メリメロ | 2026/3/22 10:48 |
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marron | 2026/3/22 18:26 |
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メリメロ | 2026/3/23 10:06 |
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marron | 2026/3/23 20:05 |
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